18-3869大船に 小舟引き添へ 潜(かづ)くとも 志賀の荒雄に 潜き逢はめやも
大船に 小舟引き添へ 潜(かづ)くとも 志賀の荒雄に 潜き逢はめやも


大船尓 小船引副 可豆久登毛 志賀乃荒雄尓 潜将相八方
右は、神亀年中(年代)を以(も)って、大宰府(の役人)が筑前国・宗像郡の百姓(おおみたから)・宗形部津麻呂を差(指)し、対馬(島)に(食)糧を(搬)送する、舶抱師(船の舵取り役)に任命した。時に津麻呂は、粕屋郡志賀村の白水郎(あま)・荒雄の許に詣(行)き語った。
(津麻呂が言うに)曰く「僕(わし)には小事(些事)が有る。若(も)し、(わしのことを)疑っていないのなら、ぜひ聞いてほしい」。
荒雄が答えて曰く「走(われ)われは、郡は異なれど、同じ船に(乗り込んで)日々久しいもの。志は兄弟より篤い。(そのためには)殉死も厭わぬ。どうして、できないといえよう」と言った。
津麻呂が(言うに)曰く「府官が言うには、僕(わし)を指して、対馬まで(食)糧を(搬)送する舶柁師(船の小役人)に任命するとのこと。(しかし)容歯(容姿:身体)は老衰し、(対馬までの)海路は(この身には)堪えられぬ。故に、きみの許に来た。(男、津麻呂、)頭を垂れて願う。わしと相替ってくれ」。
そこで荒雄は、許諾して、彼は遂に事(任務に)従い、自ら肥前国・松浦県・美祢良久崎より船を(出)発し、直ちに対馬を射(目指)して海を渡った。その時、たちまち天(空)は暗冥となり、暴風交じりの雨(が降り)、ついに順風無く、(運搬船は)海中に沈没した。
これに因って、妻子等は、(売られてゆく)子牛が(母牛を)慕うような(辛い気持ちに)勝てず、この歌を作った。或いは云(い)うには、筑前国守・山上憶良臣が、悲感(に暮れる荒雄の)妻子の(心の)傷に(同情し)、志を述べてこの歌を作ったともいう
大船尓 小船引副 可豆久登毛 志賀乃荒雄尓 潜将相八方
右は、神亀年中(年代)を以(も)って、大宰府(の役人)が筑前国・宗像郡の百姓(おおみたから)・宗形部津麻呂を差(指)し、対馬(島)に(食)糧を(搬)送する、舶抱師(船の舵取り役)に任命した。時に津麻呂は、粕屋郡志賀村の白水郎(あま)・荒雄の許に詣(行)き語った。
(津麻呂が言うに)曰く「僕(わし)には小事(些事)が有る。若(も)し、(わしのことを)疑っていないのなら、ぜひ聞いてほしい」。
荒雄が答えて曰く「走(われ)われは、郡は異なれど、同じ船に(乗り込んで)日々久しいもの。志は兄弟より篤い。(そのためには)殉死も厭わぬ。どうして、できないといえよう」と言った。
津麻呂が(言うに)曰く「府官が言うには、僕(わし)を指して、対馬まで(食)糧を(搬)送する舶柁師(船の小役人)に任命するとのこと。(しかし)容歯(容姿:身体)は老衰し、(対馬までの)海路は(この身には)堪えられぬ。故に、きみの許に来た。(男、津麻呂、)頭を垂れて願う。わしと相替ってくれ」。
そこで荒雄は、許諾して、彼は遂に事(任務に)従い、自ら肥前国・松浦県・美祢良久崎より船を(出)発し、直ちに対馬を射(目指)して海を渡った。その時、たちまち天(空)は暗冥となり、暴風交じりの雨(が降り)、ついに順風無く、(運搬船は)海中に沈没した。
これに因って、妻子等は、(売られてゆく)子牛が(母牛を)慕うような(辛い気持ちに)勝てず、この歌を作った。或いは云(い)うには、筑前国守・山上憶良臣が、悲感(に暮れる荒雄の)妻子の(心の)傷に(同情し)、志を述べてこの歌を作ったともいう
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